酩酊夜咄

たぶんこれはエッセイ

手本のない人生

今でこそライターとしてそれなりに安定した人生を過ごせてる私だけど、これまでの人生は紆余曲折しかない。ということで今回は私の人生を長々と振り返ることにする。

 

私は物心ついた時から異常に無気力でクズだった。何にも関心がなく、食う寝る以外は何にもしたくなかった。

いわゆる真面目系クズだと最低限のことはやるらしいが、いかんせん私は根っからのクズなので、朝起きない学校は行かない授業も聞かない宿題はしない手伝いなんてもってのほか、親や教師は手を焼いたと思う。当然、周りの大人からは死ぬほどキレられまくった。

でも全然ヤンキーとかじゃなくて服装違反とかしないし見た目は真面目だった。だからこそ余計に訳が分からなくて大人たちは不気味だったんだと思う。今なら分かる。不安は怒りを増幅させるのだ。

偏差値の低い高校を出て、逃げるように東京の学校に進学して一人暮らしを始めたら、親からの監視の目がなくなり私の無気力には拍車がかかった。学校も中退。

そして僅かな貯金を崩しながらの引きこもりニート生活の最中、mixiやブログに日記を書き始めるようになって、それがちょっと人気になったり、面白いブロガーさんに刺激を受けたりもして、漠然とこれを生業にしたいと思うようになった。そのためには学歴と経験を積むための時間が必要だと考え、私は親に頼み込んで、翌年大学の文学部に入り直した。

しかし文学論なんて学んでも楽しくねえ(何という親不孝者)、恋愛もマスコミでのバイトもなかなうまくいかず、授業にも出なくなってサークル室に入り浸る日々。大学4年の終わり、2年続いた新聞社でのアルバイトを上司と喧嘩してバックレをかまし、留年して仕送りもなくなり、一年間借金生活を送ることに。高田馬場のあらゆる学ロンから金を借り尽くし、金になるものは全て質屋にぶち込んだら家から何もなくなった。利息を払うために神田のうらぶれた風俗店で週に一度おっさんのオナニーを見て小銭を稼いだ。絵に描いたような転落人生である。毎月数社から送られてくる明細をぼんやりと眺めながら、人が堕ちるのは一瞬だなと思った。

完全に アウトローである。在宅アウトロー


そして2度目の留年が決まり、後輩たちの卒業を見送った後、さすがの自分もこれはダメだと思い、とあるネットニュースの会社でアルバイトを始めた。最初の頃はクズ時代の悪癖が抜け切らず遅刻したりサボったりしていたけど、紙媒体に比べてwebの自由な雰囲気は肌に合い、だんだん頑張れるようになって、ローンもゴリゴリ返済してなんとか人生を立て直すことに成功した。上司であるプロデューサーのアシスタントをやりつつ、自社媒体でライターとして活動を始めた。24歳の冬である。この時、原稿のノウハウを授けてくれた上司には本当に感謝している。

 

そして大学もなんとか卒業できて2年が過ぎた頃、会社では仕事ぶりがそれなりに評価されて、今まで目の前のことしか見えていなかった私もちょっとだけ将来について考えるようになった。年上の彼氏もできて、こんな私でも正社員の身分とか、結婚というものに手に届くかもしれない、と期待が芽生えた。

 

さらに、どうせならライター1本で生きていきたいなあと思い、転職を考えるようになった。正直、いろんなことがすごいスピードで進んでいく東京に疲れてきたのもあって。

 

そして27歳になる年の春、東京を離れて故郷の福岡にUターンした。彼氏とは遠距離恋愛になった。田舎の実家には住まず、都心に家を借りて無事正社員のライター職を得た。その会社は、もし結婚が決まって彼氏のところに行くことになっても業務委託に切り替えて在宅勤務ができるというので、入社を決めた。仕事内容は正直あまり魅力的ではなかった。

 

しかし働いてみると職場は居心地が良く、仕事おもんねえなあと思いつつもそこから3年間は仕事帰りに友達や同僚とワイワイ飲んだり、買い物をしたり、憧れのOL生活を満喫した。普通に充実していたのでこの期間はあまり書くことがないw

 

しかし30歳。

色々あって結婚寸前で彼氏と別れることになってしまった!

 

いや〜堪えましたねこの時ばかりは。これまでの人生、なんだかんだと全て自分の思い通りにして来たから、「人生にはどうにもならないことがある」ということを初めて知って絶望しましたよ。そして人の心は思い通りにできないことも。

何よりも参ったのは、結婚の予定がなくなりこれからの人生が全くの白紙になってしまったこと。

「え、これから人生どうすればいいん?」みたいな。

さらに弱りきってる時は意地悪を言う嫌な人ばかり寄ってくることも知った。マジであいつらなんなんだよ、ゾンビかよ。

 

そこから2年間、私は過去をひたすら悔やみ、人の言葉にいちいち傷ついて、何をやっても気が晴れない地獄みてえな暗い毎日を送った。この頃のことは思い出したくない、ほんとに。ちなみに当時の私はすげえ化粧が濃くてハイヒールばかり履いていた。自信のなさを隠したかったんだと思う。

 

そして33歳。(やっと現在に追いついた、長かった)

多少マシになったものの相変わらず沼みたいな精神状態で生きていたところにコロナである。

ただでさえ傷んでるメンタルにコロナ禍で追い討ちをかけられ……と思いきや、私はこの想定外の危機で奇しくも自信を取り戻すことになった。

というのも、私の勤め先はほとんどコロナの影響を受けず仕事を続けられたから。そして在宅勤務で時間のゆとりができて、フリーでも仕事を初めて収入も増えた。さらに給付金で気に入った部屋に引っ越して、快適な一人暮らしを満喫できている。

これらのことで、あの時に安定を優先した私の判断は間違っていなかったと、私はやっと自分の選択を認められたのだ。すると他人に対する振る舞いも変わってきて、自分の意見をハッキリ言えるようになった。

 

今はもう結婚願望なんてすっかり薄れてしまったけど、お陰で人生を自分らしくカスタマイズすることに楽しさを見出している。

 

長々と半生を振り返ってしまったけど、タイトルの通り私は死ぬまでお手本のない人生を歩むんだと思う。周りに目標にできる存在もいないし、いわゆる「普通の幸せ」を手に入れるとか、周りの大多数と同じように生きるのも無理っぽいので、20代の頃と変わらずこれからも痛い目を見ながら自分にとって最適な選択をしていくしかない。

2021年。腹括っていきましょう。